ブログ書かない禁断症状にやられ気味。
あいらぶいんたーねっと!というわけで文章解禁!
久々のブログなので我ながら
「あたしねあたしね!あ・た・し・ね!!」
状態になってしまうと思うので、あしからず。
嫌な場合はシャトダウンという手があることをお忘れなきよう。
いや、やっぱり消さないで!!どっちだ!
こっちで夜は本を読む時間が限りなくあるので、濫読してます。
ってそこまでじゃないけどねー。どっちだ!!
私の中で、
小説=フィクションとのハニムーン期間は
高校、浪人時代で終わってしまっていて、
大学の一時期は現代詩が好きだったけれど、
そのあとはもう小説(詩や
映画も含め)
を読みたい衝動みたいのがなくなってしマッタ。
漫画に関してなんて私は
小学生ながらヤングユー派とかいう
ようなガキだったので、中学生の時岡崎京子を読んで
「あーもうこれでこの世界は上がりだな!」とか勝手に
思ってしまったのだった。以後漫画は読んでいない。
(吉田戦車四コマはなぜか読んでしまうけど)
ちなみに私と小説との大恋愛は、19歳の時に読んだ
ドストエフスキー「罪と罰」で、もうあれ以来あれほどの
大恋愛はないし、これからもないと思う。
もちろん「カラマーゾフ、、」とか「地下室、、」とか重要な作品は
あるけれど、「ラスリーニコフ、頭を垂れて、大地に口づけなさい」
(だったっけ?大恋愛も記憶はあいまい♪)
のあの一言、、、、あれを超えるものは出会えないと思うのです。
ちなみに芝居でいえば野田秀樹の「
桜の森の満開の下」は
これと同じくらいの衝撃を持ちました。
文学との
出会いって、なんかねえ。やっぱり十代までで
決まっちゃうのじゃないかしら?
十代は誰でも小説を読み詩を書き、哲学と空想にふける。
それが
アイデンティティ確立というもんの基礎的
栄養素になるからね。
でも基本的にフィクションが好きな人じゃないかぎり、
大人になってからはあの頃のようなフィクションとの出会い方が
出来ない気がするんだなあ。
ホント最近つくづく思うに、私は「ノンフィクション寄りの人間」だ。
(主な
雑誌は文春、週間朝日、文芸春秋、婦人公論、たまにaera
最近じゃあクロワッサン、レタスクラブにまで手を出す次第。
結婚してもないのにもう主婦化。。。。。恐ろしい生命活動)
たぶん人としてめんどくさがりなんだと思う。
何かを吸収する時に、作家のイマジネーションに付き合っている
ことができないというか。
というわけで小説離れはなはだしい私ですが、
こちらに来て、河合隼雄(大好き)が村上春樹と
対談しているのを読んで、
「ほーほー村上春樹はこんなことを考えてるのか」
と面白かったから、対談の中に挙げられていた
「ねじまきどりクロニクル」「ノルウェイの森」を読んだ。
それにつづいて、江国香織と吉本ばななを読んだ。
そして
小さいおじさんは一回でんぐり返しをした。
つづく。

90年代グランジ、およびニューヨークパンクについて
プレゼンテーションするクラスメイト。
(実際は単なる私と彼女の落書き)